2012年07月02日

お獅子れ

毎年7月1日に行われる秋月町内の行事である。

私が子供の頃は町内の小学生が学校の授業が終わったら
公民館に法被姿で集まる。
その前に祭壇を組んで神様の奉納物を並べ
本覚寺の住職から祈祷して頂く。

子供達は魚町の独特の炒り子の味ご飯のおにぎりを食べて気合を入れる
大人たちはお神酒と炒り子を食し大人の気合を入れる。

時間になったら中町と魚町の境に集まり
みんなで大歓声「うおーっ!!」から始まる
獅子頭は上級生5年・6年生が担いでいた
魚町1組から8組まで1軒ずつ獅子が入り家人の頭を
パカッパカッとかむ真似をする
伝えではかむ真似をする事によりその家人の厄を獅子頭が吸いとり
町境の川に行きみんなの大歓声とともに獅子頭を川に投げ込む
獅子頭が吸いとった厄が、川の流れとともに町の外に出て行くという。
みんなは川に飛び込むのが楽しかった。

僕の先輩の年代はこの日は無礼講、その家の木に成った実等を
大ぴらに食べれたり、夜遅くまで回っていたとみう。

現在
往年の子供たちが大騒ぎ
僕もその一人である。最近の子供達は川に飛び込まない
オジサン達の方が声をだして頑張っている。
獅子頭も若手だという事で僕らの年代(40代後半)が頑張っている
子供達はどうかというと、ついては来ているが
なかなか気合が入っていない。
昔よりも何かおとなしくなってしまった。

このお獅子入れその又昔はかなり派手だったようだ。
江戸時代 天然痘・疱瘡などこの時期にはやり病などを
よけるためにこのお獅子入れが行われた。

お獅子入れの起源は定かではないが寛政年間(1789年)には既に原型とも言える
《邪気追い》と申す行事が疫病流行の時に度々不定期に行われていた。
寛政元年六月晦日、疫病流行により勢溜より邪気追を致す
同年閏六月十六日にも亦再度実施したとある・・・・望春随筆に記されている。


この頃の邪気追いは現在の獅子入れと様相が異なる、獅子頭の他に鐘馗大臣の絵や、行灯に閻魔不動の絵や、七星妙見之心などなど振り翳し、大筒、小筒、法螺貝、鐘を鳴らして回り大川(長谷川)あたりで焼いたと、・・・・甘木市史の遠藤忠一郎日記に記されている。
口伝である。

僕が住んでいる秋月魚町地区は毎年7月1日は外さない。
今年は外孫さんやチョッと若手も新たに参加して獅子の担ぎ手が増えたおかげで
チョッと楽になる。
伝統行事途絶えさせてはイカンなー。

雨ふりなので画像はない。
posted by 和紙之守 at 22:20| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 秋月の町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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